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ハートセービングプロジェクト

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第1回渡航

2001年10月14日

3名で出発。向かって左から黒江兼司氏(当時兵庫県立こども病院循環器科)、羽根田紀幸氏(当時島根医大小児科)、矢野宏氏(カワニシ岡山支店松江営業所)。関西空港からの直行便でした。
ウランバートルに到着したのは夕方過ぎ。その日宿泊のはコンチネンタルホテルの前にて。左からEnkhsaikhan医師、黒江氏、羽根田氏、Enkhsaikhan氏の夫Orgil氏。
モンゴル・ウランバートルでの初めての朝。コンチネンタルホテルの窓からの景色。いよいよこの日から活動が始まる。
活動の舞台である国立母子保健センター(別名: エフニャルハス病院)に到着し、診療の準備をする。右はボロルマー医師。
国立母子保健センターの小児内科・循環器科の医師たちと。母子保健センターの医師は女性が多数を占める。
母子保健センターで日本の医師による初の診察。黒江医師が行う心エコー検診の様子を真剣に見守る母子保健センターの医師。
あらかじめ母子保健センターの医師たちがリストアップした順に循環器系患者を診察(羽根田医師)。
同じ患者を今度は黒江医師が診察。
休日をはさんで翌日の朝。一番左が黒江医師。あとはモンゴル側の医師。この日行うカテーテル治療についてミーティング中。
いよいよ本グループがモンゴルで行う初のカテーテル治療に向けて機材の準備を行う。
カテーテル手術中。第1例のPDA患者。消化器用ポータブルX線透視しかなく、画像の保存も再生のできない中、集中して取り組む羽根田医師(中央)。
1例目の成功を祝って。左から黒江医師、羽根田医師、Byamba医師、Enkhsaikhan医師、Naran医師。
1例目の患者さんのお母さん。手術終了直後でお母さんは緊張したままだ。
その日の夜、二日目からの滞在先のアパートにての夕食。Enkhsaikhan医師の家族が用意してくれた。
翌朝、前日にカテーテル施術を行った2例の患者さんの回診で患者さんの家族と。
その日の夜はEnkhsaikhan医師の夫オリギリ氏の両親宅へ呼ばれもてなしていただいた。
滞在先であるアパートはここ。完成して3年目という。
カテに臨むための心エコー中。
昼食は病院で出前をとる。モンゴル料理のバンシ(水餃子)入りスープとごはん。期間中、昼食はいつも病院で出前をとっていた。
母子保健センターでDrを対象に講義を行った。小児循環器総論の講義をする羽根田医師。
同じく講義を行う黒江医師。黒江医師は「胎児・新生児の心臓病」というテーマで講義した。

 

期間 : 2001年10月3日 ~13日(実滞在日数9日) 小児循環器医2名、理学療法士1名 計3名

<第1回レポート>

気温: 摂氏-2度~-15度
資金: 島根難病研究所を事務局とした募金活動での140万円
人員: 3名
小児循環器医 羽根田紀幸(島根医大小児科)・黒江兼司(兵庫県立こども病院循環器科)・臨床工学士 矢野宏 (カワニシ岡山支店松江営業所)
病院: モンゴル国立母子保健センター
関空-ウランバートル、直行便で往復(荷物超過運賃行き10万円、帰り3万円は航空会社MIATの厚意で無料)

きっかけは、2001年当時島根医科大学小児科の助教授であった羽根田紀幸氏が、モンゴル国立母子保健センター小児循環器科から留学していたEnkhsaikhan医師から、「モンゴルでは先天性心疾患に対する外科手術の成績が不良で、開心術は単純なものしかできず、実施してもその死亡率はおおよそ50%とたいへん高い。開心術ではない動脈管開存(PDA)の外科手術でも左肺動脈が結紮されて死亡することがあるし、動脈管が結紮されても残存短絡が多い。支援してほしい。」と頼まれたことでした。モンゴル国立母子保健センターChoijamts院長(当時)からの正式なInvitationを受けて、羽根田氏は小児循環器医師黒江兼司(当時 兵庫県立こども病院循環器科部長)氏と臨床工学士矢野宏(カワニシ岡山支店松江営業所長)氏の協力で3名の医療団を結成し、2001年10月3日~13日に第1回の渡航を行いました。渡航費・医療器材費は日本での募金活動に依り、募金活動を含むいっさいの事務局は、羽根田が1993年から非常勤研究員で小児循環器部門の研究班長をつとめている公益法人島根難病研究所に置きました。モンゴルでの宿舎は到着日はコンチネンタルホテル、翌日からEnkhsaikhan医師の家族のアパートに滞在。モンゴル保健省から期間限定臨時医師免許証を取得し、モンゴル国立母子保健センターで診療行為を行う許可を得ました。同病院小児循環器科のByambasuren医師、Tsatsral医師らの指導も重要な目的ですので、診断も治療も必ず彼女等といっしょに行うこととしました。また、万一医療過誤が発生した時は同病院院長が責任を持つという契約も同病院と島根難病研究所の間で交わしました。麻酔は同病院の麻酔科医が担当しました。同病院では、これまでは先天性循環器疾患の治療法としては投薬のみで、投薬で治療できない場合は、国立第3病院へ手術を依頼するか、親族に金銭的余裕があれば海外での治療をすすめるというのが一般的でした。同病院には消化器用のポータブルX線透視しかないという前情報でしたが、0.052インチGianturcoコイルを用いてのPDAコイル閉鎖と肺動脈弁のバルン拡張(PTPV)は可能と考えて、必要器材は日本で調達して手荷物で持ち込みました。実際、ポータブルX線透視しかありませんでした。画像の保存も再生もできず、血管の形態は造影剤を注入した一瞬で判断しましたが、対象と考えられたPDA 5例のコイル閉鎖とPTPV 1例はすべて無事達成できました。これはモンゴルで行われた、初の小児心臓カテーテル治療例となりました。施術した患者全員の退院を見届けたのち、帰国の途につきました。

※島根難病研究所(Shimane Institute of Health Science)とは、島根医大を研究面から支援する目的で島根県が設立した公益法人です。厳密にはこの活動は定款から逸脱しているが、公益性の高い国際医療ボランテイアとして島根難研の期限付きプロジェクトとして理事会を通過(2011年6月30日まで)。こうした背景もあり、ハートセービングプロジェクトは2009年9月をもって「特定非営利活動法人ハートセービングプロジェクト」の認定を受けるに至りました。

持込品(大部分はメーカーから無償で提供)は以下のとおりです。
圧モニター(持ち込み持ち帰った)、
消耗器材(すべて持ち込み)=カテ、コイル、針、注射器、輸液セット、圧ラインチューブ、造影剤、抗生剤、輸液、カバー、ヘパリン、術衣、生食
母子保健センター院長、Enkhsaikhan医師の父のPrevjav氏へ日本モンゴル協会会長春日行雄氏が事前に連絡したため、税関の通過はスムーズに行われました。
最初に渡航した2001年10月の時点では、モンゴルにある心エコー装置は、USAのボランティア団体が2000年12月に国立母子保健センターに寄贈した旧型式(約15年前製造)の1台のみ。その後 2003年4月に国立第3病院に1台、2005年に母子保健センターに1台韓国製の導入されました。

第1回~第2回前半のカテーテル治療は国立母子保健センターで、麻酔はモンゴルの麻酔科医が担当して行われました。
また第1回、3回、4回渡航では大学や病院の医師、学生を対象に講義を行いました。
講義内容
羽根田(総論)
黒江(胎児・新生児の心臓病)

第1回渡航で行ったカテーテル治療は以下のとおりです。
動脈管開存5名  全員 女児(重症心不全1名) 年齢 1歳2か月~3歳2か月(体重 9kg~13 kg)
肺動脈弁狭窄1名 6か月男児  体重7kg

第1回渡航診療の結果報告

乏しい設備でも、持ち込んだ器材と日本・モンゴル両国の医療関係者の協力で、治療した6名全員が元気になったことを日本国内の学会等で報告
→日本国内から多数の医療関係者が協力の申し出。交通費滞在費およそ15万円は参加者自己負担だったため、その後、各地で募金活動を行いました。