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ハートセービングプロジェクト

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PART.1 20年の軌跡 記念講演(羽根田紀幸永世理事長)

2022年2月10日

2001年10月3日、羽根田紀幸医師(当団体の永世理事長)、黒江兼司医師、矢野宏氏が小児循環器患者の治療を目的としてモンゴルを初めて訪問・治療活動を行なってから2021年で20年が経ちました。これを記念して、2021年10月3日、「活動20周年記念オンラインイベント」が行われ、羽根田紀幸永世理事長が記念講演を行いました。この講演を3回に分けてご紹介します。

第1回は2001年の初めてのモンゴル訪問とその活動をお伝えします。

2001年 初めての訪問

20216月にハートセービングプロジェクトの理事長を富田医師に代わっていただき、永世理事長を拝命した羽根田紀幸です。本日は、20周年の記念の会にご参加頂きありがとうございます。20年は長いようですが、私にとってはあっという間で、ちょうど20年前の今日最初にモンゴルに渡航しましたが、その日のことは昨日のように鮮明に記憶しております。今日は、初期の頃の写真を中心に提示し、20年を振り返ってみようと思います。

エンフサイハン医師

 

写真は、このプロジェクトのきっかけとなったPurevjav. Enkhsaikhan(以後「エンフサイハン」と略します)医師です。現在はAssociate Professor Dpartment of Pediatrics-Cardiology, The University of Tennessee Health Science Center, USA ですが、199810月から2003年まで島根医大小児科にモンゴルから留学生として在籍され、私のもとで小児循環器診療を見学されました。

 

島根医科大学

 

島根医科大学附属病院です。197910月開院、200310月に島根大学医学部附属病院に名称変更、東京から西に900kmの島根県出雲市にあります。私は197910月から20031月までここに在籍し、199934月から小児循環器診療主任、1994年からは小児科助教授でした。20032月に2km離れた個人クリニックのどれみクリニックに移りましたが、20074月から大学の臨床教授を兼務し現在に至っています。

 

春日行雄氏

 

春日行雄医師(19202010)の写真です。日本モンゴル協会の初代事務局長、北極星勲章受章者で、定年後私財でウランバートルに孤児院「テムジンの塾」を設立・運営されていました。春日氏が、旧制中学時の同級生で島根医科大学の学外理事であった元出雲市長を介して島根医科大学学長に先生を紹介されたのが、このプロジェクトにおける人の縁の始まりと言えます。ちなみに、春日氏と矢野宏氏(初回渡航メンバー)や私の生家は2km以内の至近距離です。

 

 

ちょうど20年前2001103日の午後、関西空港出発時の黒江兼司医師・矢野宏氏と私で、我々の後ろに写っている医療器材を持って渡航しました。この時、気温は27度で汗ばむ気温でした。

2001年10月3日午後9時

 

ウランバートルのボヤントオボー空港に到着した2001103日 午後9時の写真です。先に帰国していたエンフサイハン医師と夫氏が出迎えてくれました。気温は3度でした。

 

ホテルへチェックイン後、直ちに4名でビアホール“Khan Brau”へ行きました。ホテルへ帰る時の気温は 0℃で、かなり寒く感じました。

 

 

 

2001104日から1012日まで宿泊した、医師のお兄さんのアパートです。2007年まで定宿でした。

 

モンゴル国立母子保健センター(2001年当時)裏口から機材搬入中

 

モンゴル国立母子保健センター入口から器材搬入中です。荷物を運んでいるのは、後に島根大学小児科に留学、代謝・遺伝の研修後、現在はモンゴル国立母子保健センターで代謝・遺伝部門のチーフになっている、当時は小児循環器科レジデントであったJamiyan医師です。

 

 

 

当時のモンゴル国立母子保健センター総長はChoijamts氏でした。
(左からエンフサイハン医師、黒江兼司医師、羽根田紀幸医師、Choijiamts医師)

 

 

 

 

医師、医師らとの集合写真です。もう20年も前になります。

 

 

 

 

モンゴル国立母子保健センターに1台しかなかった、製造から10年以上経過した旧式の心エコー装置での患者チェック中の写真です。

 

 

 

急ごしらえの臨時カテ室

 

このころ、モンゴル国立母子保健センターには心臓カテーテル血管造影室がなかったので、第1回から第3回渡航の前半は、手術室の窓に暗幕を張り、ポータブルの透視装置を持ち込んで臨時カテ室にしました。

 

 

 

 

 

撮影して画像を残すことができなかったので、皆で覗き込んで、一瞬の画像で判断しました。

 

 

 

 

動脈管開存(以後「PDA」とします)閉鎖に用いたコイルシステムです。052コイルをメインに、コイルは補助的に使いました。

 

第1回渡航のカテ6番目、PDA閉鎖としては5番目症例の実際の画像です。

 

 

17カ月、体重10kgの女児のPDAを、8mm-8cm6mm-8cm052コイル2個で閉鎖しました。

 

 

 

第1回渡航で治療した患者さんたちとの集合写真です。右から4番目の赤い服のお子さん(↓)が第1号患者です。渡航した3名に1着ずつデールをいただきました。

 

 

 

第1号患者さんは、8年後の2009年に、花束と大きな岩塩を持って訪ねてくれました。現在では、このような大きな岩塩は国外に持ち出しできないそうです。

活動20周年記念 活動の軌跡 PART.2へ続く